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2008年9月

「第19回、渡来銭の宝庫“日原鐘乳洞”の謎について考察」

 暫く御無沙汰しました。季節も、読書、物思い、良い時季になりましたね。

平成16年12月の「オークション・ネット」で“日原鐘乳洞出土鐚銭類”の貨幣

の競りがあった。日野は東京都下。水量豊かな観光地で、昭和30~40年

洞窟に穴銭が発見された。中国銭・寛永銭と多岐にわたる。注目は日本鋳の

鐚銭だった。未流通で埋蔵されたので銘文の解析や鐚銭製作の小様鉄銭を

確認する格好な研究対象。しかし鍾乳洞の公園整備で新出土銭は無くなる。

 湿気や埋蔵品の選別中に外気も入り状態も劣化が進んだ。このセリは関心

も高く、私共も顧客さんに落札品を納入した。9月、此処を訪れた。JR青梅線

の終点から「東日原」行きバスに乗る。うつらうつらしてると半時間で着く。

 休日なので、洞に近い所迄は行かず、「東日原」で降ろされる。30分歩く。

 私の近くのは大滝根鍾乳洞。渡仏の際はW・ウエルズの小説に出る様な、

大規模鍾乳洞に入った。曲がりくねった階段ゆっくり降り、地底湖をボートで

走る。モーター付きで走るのだから、かなりの距離だったなぁ。

 日本で舟で走るのは見た事無い。蛇行したり、ミミズの様に這うのは体験。

「昔、貨幣出土した場所見られますか?」と入口で聞くと、フアンが来るらしく、

「採掘した場所、わかりますよ」とことなげに言う。摂氏10度ひんやりする。

低い天井に額がぶつからぬ様に腰かがめ棚状の凹部に目を凝らすが仄かな

蛍光灯下では老眼で鮮明に周囲が見えぬ、闇に眼が慣れると階段が見えた。

 水琴窟がある、蓋の図は“北周布泉”だ。老いの身はよく冥界の夢を見るが

 「三途の河」「死出の山」「賽の河原」「地獄谷」此処の名付けも不気味だなぁ

一廻り約1時間「江戸東京博物館」比すると心身涼しくタイム・スリップを堪能した。

 昭和40年、大量の古銭の総量は56万枚、約1屯。

1、無紋鉄銭 一番多く50万枚。2、加冶木等日本銭15000枚。3、北宋銭は

 2万枚。4、寛永通宝35000枚。何れも銅銭は溶解、破棄されたもの多い。

 オークション・ネットでも上~佳~並品が殆どで「広穿(こうせん)元祐通宝」や

 「天下手祥府11枚組」(小様鉄銭1枚含む)等が良いと思った。

  皆さんも「日原鋳造銭」(鉄分が多い)「日原出土銭」(他で鋳造されたもの)

 渡来銭、寛永通宝、加冶木銭等の日本銭である。皆さんも機会あれば是非

 蒐集してみてください。今日は、この辺で。

 

  

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「第18回、酷暑の旅をご披露」

 貨幣の話題について、前回迄お話してきた。今回は数年ぶり酷暑の数日を足に

豆をつくりながら歩き回ってきた次第をご披露したいと思う。貨幣の話題が出ぬ

とご不満かもしれぬが、ご覧乞う。

Ⅰ、亡父名が記載の墨田区横網町公園の「東京空襲犠牲者追悼祈念碑」参拝。

Ⅱ、皇居、東御苑、三の丸尚蔵館、“1900年パリ万博日本出展品展”を拝見。

Ⅲ、両国、江戸東京博物館。常設展示と“中国・故宮、書の名品展”と“発掘された

  日本列島・2008”東京展の見学。

 Ⅲの故宮の書の展示は、書に興味ある方々の熱気が蒸れていた。私は門外漢

だったが王義之の「蘭亭序」が日本初公開でその他歴代皇帝の書が心に残った。

又、遺跡展は“太郎水野2遺跡(山形県金山町)と“大清水上遺跡(岩手県奥州市)

が旧石器時代、縄文時代の代表として気を吐いているのを拝見出来て感激した。

江戸東京博物館は行かれた方も多いと思う。兜、鎧、刀剣類は真正品だが、貨幣

は某銀行の展示の写しだが、チャチなので落胆、金製品は模造も、良いものある

筈だ。銅貨類は本物にしてもらいたかった、貨幣店で容易に入手可能だ。次回は

この展示に関連ないが中国銅銭が大量発見された「日原鐘乳洞の話をしたい。

きょうはこの辺で、お休みなさい。

  

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