「第22回、江戸学に嵌る、夢のような4ケ月間、今日は江戸の話」
◎「江戸ッ子は辛いよ、宵越しの銭持たぬ彼等の気風に只管、惚れ込むの巻」
金も無いのに、初鰹や、旬以外の野菜や果物に法外な金を使う、苦々しくお上は
この野放図な風潮に何度も、高札、町役人に喧しく口出しする(障子で保温したり
温室然としたところで野菜を育てたりする農家が出たりするのを苦々しく思った)
町人でも華奢な連中は絹物を禁じられると、裏地や下着に贅を尽くす。注※1。
一方に棟割長屋で日頃、膝を組むしかない狭い空間で過ごす町人達は反動で
遊山や放蕩に僅かな貯えを浪費した(当ブログ18回で父の祈念碑訪問記参照)
その際、指呼の江戸東京博物館を見学して、江戸の虜になり今日に至る。Gooの
ブログに夢の“江戸の旅の話”を書いている始末。検索→【rubotan8】でご覧乞う。
凝っては思案にあたわずだが時代考証にも凝り、反響も3桁を戴く。
なぜ250年も民衆が反抗せず平和が続いたのか謎である。明治史観では江戸
期は圧政退嬰の時代とされた。封建時代はどうみられていたろうか。戦国時代に、
宣教師ロドリゲスは日本教会史にこう書く。“土地は全て耕作されることも無く、又
耕作されていた所は種を蒔いた儘で荒らされ、敵方や友人により強奪され絶えず
互いに殺しあい、極度の貧窮悲惨にある。商取引もなく法も統治も無い(中略)”
百年後にケンペルは“この国の民は習俗、道徳、技芸、立ち居振る舞いの点で、
世界のどの国にも立ち勝り、国内交易は繁盛し、肥沃な田畑に恵まれ、頑健強壮
な肉体と豪胆な気性を持ち、生活必需品は有り余るように豊富で平和で幸福そう
そうだ(中略)”ロンドンのテームズ河は下水で汚染、国会の議事も悪臭で中断し、
とあるが、落語の「芝浜」では隅田川で白魚を掬って、顧客に船頭が勧めるのだ。
何割か割り引いてrも日本の環境良かったようだ。日光に駕籠で出掛けた外人
は人足が、握り飯と漬物、梅干しで平然と往複した姿に驚嘆した。自ら、駕籠で、
どれほど走れるかしらべたがすぐ息切れしたと。農民は年貢を収めると、名主と
菩提寺の僧に道中手形(パスポート)と関所手形(ビザ)を貰い各地を旅する。外人
は不思議に感じた、彼らの国は00公爵領を通過するたびに色々な税を納める、
欧では自分の住む領地から出るのは徴発されて戦争に狩り出される時である。
日本では農・工・商は武士と違い戦争と無縁であった長屋の民は税金も無い。
江戸はお上が、朱引き(御府内)墨引き(町奉行支配)その外円は郡代に任せ
た、一日で往復出来る距離自由に出掛けられる、寺社参りが好きな連中が多い。
今のJR中央線内部位であろう。外堀の内は武家地が我が物顔、広大なものだ。
今日は、江戸マニアの小生の近況を、Gooブログ参照されたい。では又。
注※1。現今の果実、野菜には旬が無いと言われる。昔もそのような、事態
があったと知り可笑しくなった。幕府は、野菜、果実に旬の出荷許可基準を
作った。紙面の関係で個々に触れぬが認可時期を示した。(旧暦である)
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